楽しみを見失うことについて

#17
2022.7.20

昔はもっと色々なことに楽しみを見出せていたと感じるこの頃です。何千時間もプレイしたゲームに面白みを感じなくなってしまったのもその例の一つです。もっと新鮮な体験を求めてやみません。年を経るにつれて、「想定内」が増えてしまうことは果たして良いことなのでしょうか。こんな悩みを持っているのは自分だけではないはずです。

幼い頃は新しいゲーム機や、コンピューターを手にするだけでも楽しかったのです。しかし今では、そんなに楽しいわけではありません。手にすることが当たり前だと考えているわけではありませんが、以前ほどにありがたがってはいないでしょう。

端的に言えばわくわくが減ってしまったということです。これやってみたい、という単純な好奇心みたいなのが徐々に失われているのです。これが成長することに対する代償なのでしょうか。視野が広がれば広がるほど、まだ見ぬ世界が失われていく。これはある種の憂いです。

この問題をどうすれば良いか。一つの解決策は、自分が今まで見てこなかった世界に足を踏み入れることでしょう。これは概念的にも、物理的にもです。物理的に、新しい場所に行くことは割と簡単で、楽しいです。ただし、お金がかかることは否めません。新しいことを始めるのは、自分の可能性を広げてくれる可能性がありますが、そう簡単に馴染めるというわけではありません。さらに言うと、新しいことを始めたからといって、すぐに楽しいわけではありません。

何かに夢中でいたいのです。そしてその夢中になっていることが、将来的に役に立つならば素晴らしいことです。

私がいま、何に夢中でいるか問われたとして、答えられる自信がありません。